本:デフォルトした国の料理を食べながら世界経済の話をしよう
デフォルトした国の料理を食べながら世界経済の話をしよう
序章:預金封鎖と私の家族の物語
1946年2月、日本政府は国民の銀行預金を凍結し、新しい紙幣への切り替えを行いました。いわゆる「預金封鎖」と「新円切替」です。表向きの理由は、戦時中に発行された大量の国債と紙幣で膨れあがったインフレを止めるため。しかし実際には、国の借金を国民の預金で肩代わりさせる性格が強いものでした。
このとき、私の家族もその渦中にありました。祖父は子どもの進学のために、長い年月をかけてコツコツと貯金をしていました。当時の家庭にとって「大学進学」は大きな夢であり、家族の希望でした。ところが預金封鎖によって、引き出せるのはわずかな生活費だけ。祖父が大切に積み上げた進学資金は、実質的に消えてしまったのです。
その結果、私の母の兄――つまり私の伯父は大学へ進学する道を閉ざされました。本人の能力や努力に関わらず、「国の都合」が人生を変えてしまった瞬間でした。祖父は「国に裏切られた」と悔しさを語り、家族の記憶に深い影を落としました。
経済政策や金融制度の変化は、ときに数字やチャートではなく、一人ひとりの生活・進路・未来そのものを左右します。預金封鎖は、統計では「戦後の財政再建策」として説明されますが、私の家族にとっては「子どもの夢を奪った現実」でした。
この個人的な体験を入口にすると、「デフォルト」や「債務危機」は遠い世界のニュースではなくなります。ギリシャのユーロ危機、アルゼンチンの繰り返すデフォルト、スリランカの外貨不足…。それぞれの国の背景には、必ず「誰かの暮らし」と「食卓」があります。
だからこそ本書では、各国の代表的な料理とともに、彼らが直面した経済危機を紹介します。料理を通じて文化に触れ、経済を理解する。そして「もし自分の国で同じことが起きたら?」と想像する。
第1章 ギリシャ:ムサカとユーロ危機
料理レシピ:ムサカ(4人分)
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ナス…3本(縦切りして塩水にさらす)
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じゃがいも…2個(薄切りして下ゆで)
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合いびき肉…300g
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玉ねぎ…1個(みじん切り)
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トマトペースト…大さじ2
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ホワイトソース(バター30g、小麦粉大さじ2、牛乳400ml、卵黄1個分)
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オリーブオイル…大さじ3
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塩・胡椒…少々
作り方
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ナスをオリーブオイルで両面焼く。
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玉ねぎとひき肉を炒め、トマトペーストで煮詰める。
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耐熱皿にじゃがいも・ナス・肉を順に重ねる。
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ホワイトソースをかける。
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180℃のオーブンで30分焼き、表面に焼き色をつけて完成。
黄金色の焼き目がついたムサカを切ると、層の中からトマトの酸味と肉の旨味が立ち上り、オリーブオイルの豊かな香りが広がる。食卓に並ぶと、ギリシャ人にとっては「家庭の誇り」とも呼べる一皿だ。けれど、その層の奥深くに隠された構造のように、ギリシャの財政にも長い間、見えにくい「赤字の層」が積み重なっていた。
経済の物語:原因、現状、未来
1. 原因 ― 赤字の層を隠した国家
ギリシャは古代文明のゆりかごであり、観光資源や海運業に強みを持つ国だ。しかし、1990年代から2000年代にかけて、国家財政はじわじわと赤字に傾いていった。公務員の厚遇、年金制度の膨張、医療費の拡大――支出は雪だるま式に膨らむ一方で、徴税システムは脆弱で、税逃れも常態化していた。
本来なら危険信号がともるはずだったが、2001年にユーロ圏に加盟すると状況は変わる。ユーロ導入によって金利が急低下し、ギリシャは容易に借金を重ねられるようになった。つまり「強い通貨」の信頼を借りて、「弱い財政」が隠されてしまったのだ。やがてギリシャ政府は、財政赤字を意図的に過小に見積もった統計を提出し、ユーロ圏のルールをすり抜けていたことが明らかになる。表面は美しく焼き上がったムサカのようでも、切れば中に赤字が幾層にも積み重なっていたのである。
2. 現状 ― 危機と救済のはざまで
2008年、リーマンショックで世界的に信用収縮が始まると、ギリシャの「隠された層」が暴かれる。国債の金利は急騰し、借り換えが困難に。2010年にはIMFとEUから1100億ユーロの救済融資を受けることとなり、国民には厳しい緊縮政策が課された。給与の削減、年金カット、増税…。アテネの街頭では抗議デモが相次ぎ、火炎瓶が飛び交う映像は世界に衝撃を与えた。
2012年には、民間債権者が保有する国債の約半分を削減する「ヘアカット」が実施され、史上最大規模の債務再編となった。ギリシャ国民にとって、それは「借金が消えた」というより「痛みが押し寄せた」出来事だった。失業率は一時25%を超え、若者の半数以上が職を失い、多くが海外に流出した。家庭では、ムサカの材料であるナスやじゃがいもさえ買い控える状況に陥った。
3. 未来 ― 再生への道筋
しかし、ギリシャは諦めなかった。観光業は徐々に回復し、太陽とエーゲ海を目当てに訪れる旅行者は再び増えた。港湾の民営化や物流拠点化も進み、海運業の強みを活かす改革が動き出した。2023年には、格付け会社から再び「投資適格」と認定され、国際市場に復帰する道筋が見えてきたのだ。
それでも課題は残る。高齢化が進み、年金制度の持続可能性は依然として危うい。人口減少は労働力不足を招き、若者の海外流出も止まっていない。ギリシャが真に「健全な層」を持つ国家となるには、税制改革と産業多角化が不可欠である。
料理と経済を結ぶ視点
ムサカを食べるとき、私たちは何層もの素材が織りなす味の調和を楽しむ。しかしその層がバランスを欠けば、全体の料理は崩れてしまう。ギリシャの経済も同じだ。美しい観光地や強力な通貨ユーロに支えられていたが、内側の赤字の層が積み重なり、ついには皿ごと崩れ落ちた。
けれど料理人が工夫を重ねて再びムサカを焼き上げるように、ギリシャもまた痛みを経て、次の一皿を用意し始めている。デフォルトは終わりではなく、再び立ち上がるための「オーブンの予熱」なのかもしれない。
第2章 アルゼンチン:アサードと繰り返す債務危機
料理レシピ:アサード(アルゼンチン式バーベキュー、4人分)
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牛リブ肉…1kg
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粗塩…大さじ1
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チミチュリソース(パセリ50g、にんにく2片、赤唐辛子1本、オリーブオイル100ml、酢大さじ2、塩少々)
作り方
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牛肉を室温に戻し、粗塩をすり込む。
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炭火でじっくりと片面30分以上焼き、裏返してさらに30分焼く。
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切り分け、チミチュリソースを添えて食べる。
炭火で香ばしく焼ける肉の音、立ちのぼる煙、パセリとニンニクの香りが混ざったチミチュリソース。アルゼンチンの人々にとって、アサードは単なる食事ではなく、家族と友人が集まり「生きる喜び」を分かち合う儀式だ。しかし、この陽気な食卓を支えるはずの国家経済は、長い間「借金とデフォルトの繰り返し」に縛られてきた。
経済の物語:原因、現状、未来
1. 原因 ― “豊穣の大地”が生んだ慢心
アルゼンチンは広大なパンパと呼ばれる草原を持ち、19世紀から20世紀初頭にかけて「世界の穀倉地帯」として繁栄した。小麦や牛肉の輸出で巨万の富を得て、かつては「世界で最も豊かな国の一つ」と称されていた。しかし、この豊かさが国家の慢心を招く。
政府は財政規律よりも大衆迎合的な政策を優先し、補助金や公共料金抑制に巨額を投じ続けた。赤字は中央銀行の紙幣増刷で穴埋めされ、結果として慢性的なインフレ体質が定着した。通貨ペソは信用を失い、国民はドルを隠し持つようになる。
1980年代以降、アルゼンチンは国際市場からの借入とインフレ抑制策を繰り返すも、どれも長続きしなかった。特に2001年、同国は史上最大規模(当時)の約1000億ドルのデフォルトを宣言。銀行封鎖が行われ、国民の預金が引き出せなくなり、社会は大混乱に陥った。路上では「銀行に預けたお金を返せ!」という怒号が響き渡り、政治も不安定化。大統領がわずか数週間で辞任する事態にまで発展した。
2. 現状 ― インフレと不信の連鎖
2001年の危機を乗り越えても、アルゼンチンは再び同じ轍を踏む。2014年、2018年、そして2020年と、何度も債務再編やデフォルトに陥った。2020年の再編では650億ドルの国債が対象となり、投資家は再び大幅な損失を被った。
その背景には、いくつかの構造的な要因がある。第一に、インフレの制御不能。政府は国民の生活を守るために価格統制や補助金を導入するが、それが財政赤字を拡大させ、さらなる紙幣増刷を招き、インフレを加速させるという悪循環に陥っている。2023年にはインフレ率が100%を超え、パンや牛乳などの生活必需品が週ごとに値上がりする。国民は給料を受け取るとすぐにドルに替えたり、日持ちする食品を買いだめしたりする。
第二に、外貨不足。アルゼンチンは農産物輸出に依存しており、干ばつが続くとすぐに外貨収入が減少する。外貨建ての債務を返す余力がなくなり、返済の延期や削減を繰り返すしかない。
第三に、国際的信用の喪失。2001年以降、投資家は「アルゼンチンはまたデフォルトする」と半ば前提で捉えるようになった。国債を発行しても高金利を要求され、返済負担はますます増大する。こうした不信の連鎖が、国をますます追い詰めている。
3. 未来 ― 大地は再び国を救えるか
それでも、アルゼンチンには希望がないわけではない。豊かな農業資源は依然として強みであり、リチウムやシェールガスなど新たな資源開発も進んでいる。特にリチウムはEV(電気自動車)需要の拡大で世界的に注目され、アルゼンチンは「リチウム・トライアングル」の一角として大きな潜在力を持っている。
また、国民は危機を繰り返す中で「しぶとさ」を身につけてきた。アサードの炭火を囲むように、困難の中でも家族や友人と共に時間を過ごし、互いを支え合う文化は健在だ。経済的には厳しいが、社会の絆が危機を和らげる役割を果たしている。
ただし、未来を切り開くには大胆な改革が不可欠だ。財政規律を取り戻し、補助金頼みの経済から脱却しなければならない。通貨ペソの信頼回復も大きな課題だ。もしこれが実現しなければ、アルゼンチンはまた「デフォルトの常習犯」として名を刻むことになるだろう。
料理と経済を結ぶ視点
アサードの炎は、ゆっくりと肉を焼き上げ、時間をかけて旨味を引き出す。急いではならず、辛抱強く待つことが大切だ。アルゼンチン経済もまた、短期的な人気取りではなく、長期的な視野でじっくりと育て直す必要がある。
炭火の煙に包まれながら肉を頬張るとき、アルゼンチンの人々は一瞬だけ、通貨危機や政治の混乱を忘れることができる。だがその食卓の背後には、繰り返される借金とデフォルトの影が常に揺れている。
第3章 スリランカ:カレーと観光消失の危機
料理レシピ:スリランカ風チキンカレー(4人分)
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鶏もも肉…500g(ひと口大)
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玉ねぎ…2個(薄切り)
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にんにく・生姜…各1片(みじん切り)
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カレーリーフ…数枚
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トマト…2個(ざく切り)
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ココナッツミルク…400ml
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カレー粉…大さじ2
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チリパウダー…小さじ1
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塩…小さじ1
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油…大さじ2
作り方
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玉ねぎ・にんにく・生姜を炒めて香りを出す。
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鶏肉を加え、スパイスを絡める。
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トマトとカレーリーフを入れ、数分煮込む。
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ココナッツミルクを注ぎ、弱火で20分煮る。
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塩で味を整え、香り高いカレーの完成。
南国の太陽の下、スリランカの家庭では、カレーリーフの香りが風に乗って漂う。ココナッツミルクのまろやかさとスパイスの刺激が絶妙に重なり合う一皿は、家族の絆を温める料理だ。だがその香りの向こうで、近年この国は深刻な「経済破綻」という現実に直面してきた。
経済の物語:原因、現状、未来
1. 原因 ― 観光の島が抱えた脆さ
スリランカはインド洋に浮かぶ「光り輝く島」と呼ばれ、ビーチリゾートや世界遺産に恵まれた観光立国である。内戦が2009年に終結すると観光業は急速に発展し、外国人観光客の数は年々増加。2018年には250万人以上が訪れ、外貨収入の大黒柱となった。
しかし、その「一本足打法」が国を危うくした。2019年、イースターの日に発生した同時爆破テロが観光業に大打撃を与える。続く2020年、新型コロナウイルスの流行で国境が閉ざされ、観光客はゼロに。外貨収入は途絶え、輸入に必要なドルが不足し始めた。
さらに、政府は2019年に大規模な減税を行い、財政基盤を自ら弱めてしまった。財源が減る中で国債発行を続け、外貨建て債務が膨張していったのである。
2. 現状 ― 外貨の枯渇と生活の崩壊
2022年、スリランカはついに債務の支払いを停止し、独立以来初めてのデフォルトに陥った。外貨準備は底をつき、燃料や食料、医薬品が輸入できなくなる。首都コロンボのガソリンスタンドには数キロの行列ができ、人々は炎天下で数時間も待たされた。病院では薬が不足し、患者が治療を受けられない事態が起きた。
国民の怒りは爆発し、大規模な抗議デモが発生。2022年7月には大統領官邸に民衆がなだれ込み、当時のゴタバヤ・ラジャパクサ大統領は国外に逃亡することになった。国を誇った観光リゾートは閑散とし、かつて外国人観光客で賑わったビーチは静まり返った。
3. 未来 ― 再建の道と不安の影
その後、スリランカはIMFと協議し、約30億ドルの融資プログラムを獲得。債務再編の枠組みが整い、インフレも一時の70%台から20%前後に落ち着きつつある。観光客も徐々に戻り、2023年には140万人以上が訪れるまでに回復した。
しかし、再建の道は険しい。第一に、巨額の債務返済は今後も続き、国民に痛みを伴う緊縮政策が課される。第二に、政治的不信感が根強く、再び政権が混乱すれば投資家の信頼は揺らぐ。第三に、気候変動による自然災害や世界経済の停滞など、外的要因に強く影響されやすい構造が変わっていない。
未来を切り開くためには、観光に依存しすぎない多角的な経済基盤を築くことが必要だ。農業の近代化、IT産業や物流拠点としての発展など、可能性はある。だがそれは時間と政治的安定を必要とする長い道のりだ。
料理と経済を結ぶ視点
カレーを煮込むとき、スパイスの香りは強くても、時間をかけてココナッツミルクと馴染ませることで丸みを帯び、調和のとれた味になる。スリランカ経済もまた、時間と辛抱が必要だ。外貨不足という強烈な苦味を経験したからこそ、今後は多様な材料を組み合わせる知恵が問われている。
スリランカの食卓に再び豊かな香りが戻る日が来るのか。それは、観光だけに頼らない新しい経済の「レシピ」を描けるかどうかにかかっている。
第4章 ガーナ:ジョロフライスと通貨危機
料理レシピ:ジョロフライス(4人分)
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米…2合
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鶏もも肉…300g(ひと口大)
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玉ねぎ…1個(みじん切り)
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トマトペースト…大さじ3
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ピーマン(赤・緑)…各1個
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にんにく…1片(みじん切り)
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チリパウダー…小さじ1
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チキンブイヨン…400ml
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油…大さじ2
作り方
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鶏肉を炒めて一度取り出す。
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玉ねぎ・にんにくを炒め、トマトペーストとチリパウダーを加えて煮詰める。
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洗った米を加えて炒め、チキンブイヨンを注ぐ。
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蓋をして炊き、仕上げに鶏肉とピーマンを戻して蒸らす。
トマトとスパイスの香りが部屋いっぱいに広がり、赤く色づいたご飯を頬張れば、誰もが笑顔になる。西アフリカの食卓を象徴するジョロフライスは、人々の団らんの中心にある。しかし、近年のガーナでは、この温かな料理の背後で通貨の崩壊と債務危機が国民の生活を苦しめてきた。
経済の物語:原因、現状、未来
1. 原因 ― 黄金の国の影
ガーナはかつて「黄金海岸」と呼ばれ、金やココアの輸出で知られる国だ。近年は石油生産も始まり、アフリカでも安定した民主主義と成長を誇る「模範的存在」と見られていた。だが、その繁栄の裏には脆さが隠れていた。
2010年代、政府は道路建設やエネルギー開発のために積極的に国際市場から資金を調達した。ユーロ債の発行額は膨らみ、外貨建て債務の比率は急上昇。景気が良い時期は投資家からの信頼も厚く、ドル建てでの借入は比較的容易だった。
しかし、外貨収入の柱である金やココアの価格が低迷すると、債務返済の余裕は薄れていく。そこへコロナ禍が襲い、観光収入も落ち込む。さらに2022年にはウクライナ戦争による世界的な食料・燃料価格の高騰が直撃し、インフレが一気に加速した。政府は補助金を維持するためにさらに借金を重ね、財政は悪循環に陥った。
2. 現状 ― セディの崩壊と国民の苦悩
2022年末、ガーナは対外債務の返済を停止し、事実上のデフォルトに突入した。ガーナ通貨セディは急落し、2022年だけで半値近くに下落。輸入物価は高騰し、米や食用油といった生活必需品の価格が倍以上になった。首都アクラでは庶民が市場で値切り交渉に必死になり、教師や看護師が生活費の不足からストライキを行う事態にまで発展した。
政府は国際通貨基金(IMF)に支援を要請し、2023年に30億ドル規模の救済プログラムが承認された。同時に、国内債務の再編も進められ、年金基金や銀行が保有する国債の条件が変更された。だが、この措置は金融機関に大きな打撃を与え、国民の将来の年金不安を高める結果にもなった。
3. 未来 ― 黄金とココアを超えて
IMFプログラムの下で財政赤字の削減が求められており、補助金削減や増税が国民生活にさらなる負担を与えている。インフレ率は一時50%を超えたが、2024年には落ち着きを見せ始めている。しかし、国民の「痛み」は消えていない。
ガーナが未来を切り開くためには、一次産品依存から脱却し、産業の多様化を実現する必要がある。ココアや金、石油といった資源は重要だが、それだけに頼る構造は危険だ。ITやサービス業、製造業を育成し、外貨収入の柱を増やすことが課題となる。また、徴税制度の改善や汚職防止も不可欠だ。
希望はある。アクラには起業家や若手エンジニアが集まり、「アフリカのシリコンバレー」を目指す動きも出ている。教育水準の高さは西アフリカでも群を抜き、次世代が新しい産業を起こす潜在力を秘めている。
料理と経済を結ぶ視点
ジョロフライスは、米とトマト、肉、スパイスが一つの鍋で炊き込まれ、材料が溶け合って完成する。どの材料が欠けても本来の味にならない。ガーナ経済も同じで、金やココアという単独の材料に頼るのではなく、多様な要素を調和させる必要がある。
赤く鮮やかなジョロフライスを口にするたび、ガーナの人々は苦しい時代でも笑顔を絶やさない。その resilience(しなやかな強さ)が、未来を切り開く最大の資産なのかもしれない。
第5章 ザンビア:シマと銅依存の経済
料理レシピ:シマ(4人分)
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白トウモロコシ粉(ミールミール)…200g
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水…600ml
作り方
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水を沸騰させ、少量の粉を溶かしてベースを作る。
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残りの粉を少しずつ加え、木べらで力強く練る。
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まとまって粘りが出たら火を止め、丸めて器に盛る。
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野菜や肉のシチューと一緒に手でちぎって食べる。
ザンビアの食卓に欠かせない主食シマは、シンプルながらも腹持ちが良く、家庭や地域のつながりを象徴する料理だ。だがその素朴さとは裏腹に、ザンビア経済は「銅」という一つの資源に極端に依存してきた。そしてその依存が、やがて国家をデフォルトへと導いた。
経済の物語:原因、現状、未来
1. 原因 ― 銅に頼りすぎた国
ザンビアはアフリカ南部に位置し、豊かな鉱物資源に恵まれている。とりわけ銅は国の輸出収入の7割以上を占め、「アフリカの銅の国」とも呼ばれてきた。鉱山は雇用を生み、外貨をもたらし、国の経済を支えてきた。
だが、この「銅一本足」の構造は脆弱だった。銅価格が高い時期には国庫は潤ったが、国際市況が下がれば一気に財政は悪化する。2010年代後半には銅価格の下落と経済成長の鈍化が重なり、政府は借金に頼るようになった。
さらに、インフラ整備のために中国から巨額の借入を行い、道路やダム、空港が次々に建設された。表向きは「開発の黄金期」だったが、返済負担は急増。外貨収入が伸び悩む中で、債務の雪だるまは止まらなくなった。
2. 現状 ― アフリカ初のコロナ後デフォルト
2020年11月、ザンビアはユーロ債の利払いを停止し、アフリカで最初に「コロナ後デフォルト」に陥った国となった。パンデミックで銅需要が急減し、観光収入や送金も途絶。外貨準備は枯渇し、借金の利払いすらできなくなったのである。
デフォルトの影響は国民生活に直撃した。通貨クワチャは急落し、輸入品の価格が高騰。食料や燃料の値段は庶民の手の届かないものとなり、都市部ではデモや抗議が広がった。特に医薬品不足は深刻で、病院での治療を受けられない人が増えた。
国際社会も対応に苦慮した。なぜなら、ザンビアの最大の債権者は中国だったからだ。従来のパリクラブ(欧米中心の債権国グループ)だけでなく、中国を含めた新しい交渉枠組みが必要となった。結果、2023年にようやくG20共通枠組みを通じて公的債権者との合意が成立し、返済期間の延長や金利引き下げが実現した。
3. 未来 ― 銅を超える挑戦
ザンビアの未来は、銅依存からの脱却にかかっている。確かに銅は依然として世界需要が高く、再生可能エネルギーや電気自動車の普及によって「銅の時代」が再び来るとの期待もある。しかし、それだけに頼れば、また国際市況に振り回されるリスクが残る。
希望の兆しもある。農業開発や観光資源の活用、さらには太陽光発電など再生可能エネルギー産業への投資が始まっている。若い人口を活かし、教育や技術訓練に注力すれば、銅以外の柱を築くことも可能だろう。
ただし、課題も大きい。汚職やガバナンスの問題、外資依存のリスク、そしてインフラ整備が借金頼みで続いている点だ。もし改革が進まなければ、再び「銅の呪い」によって同じ轍を踏む危険がある。
料理と経済を結ぶ視点
シマはシンプルだが、力強い料理だ。粉と水だけで作られるが、しっかりと練り上げなければ形を保てない。経済も同じで、単純な柱しか持たないと不安定だが、地道に練り固めれば強い基盤になる。
ザンビアが銅に頼るだけでなく、複数の「材料」を加え、しっかりと練り上げることができれば、再び持続的な成長を手にできるだろう。食卓のシマがそうであるように、素朴で力強い経済の基盤を築くことが、この国の未来の鍵なのだ。
第6章 レバノン:タブーレと金融崩壊
料理レシピ:タブーレ(4人分)
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パセリ…150g(細かく刻む)
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トマト…2個(角切り)
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玉ねぎ…1/2個(みじん切り)
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ブルグル小麦…50g(水で戻す)
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レモン汁…大さじ3
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オリーブオイル…大さじ3
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塩…少々
作り方
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ブルグルを戻して水気を切る。
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パセリ、トマト、玉ねぎと合わせる。
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レモン汁とオリーブオイルで和え、冷やして味をなじませる。
新鮮なパセリの香りとレモンの酸味が広がるタブーレは、地中海沿岸の爽やかな風を思わせる一品だ。しかし、その爽快さとは対照的に、近年のレバノン経済は深刻な重苦しさに覆われている。
経済の物語:原因、現状、未来
1. 原因 ― 金融工学の幻影
レバノンはかつて「中東のスイス」と呼ばれ、金融業や観光業が盛んな国だった。首都ベイルートは銀行が集まり、自由で開放的な雰囲気を持つ都市として知られていた。しかし、その繁栄は脆弱な土台の上に築かれていた。
政府は長年、ドルとレバノン・ポンドの固定相場を維持する政策を採用してきた。輸入依存度が高い国にとって、安定した通貨は必須だったからだ。しかし、これを支えるために必要な外貨は、銀行に高金利の国債を買わせて集めていた。つまり、国民の預金を使って政府が借金を回し続ける「金融工学」に頼っていたのだ。
この仕組みは一見うまくいっているように見えた。だが、観光収入や送金が減少すると、外貨は徐々に枯渇。2019年にはすでに危機の兆しが見えていた。
2. 現状 ― 通貨崩壊と生活の困難
2020年3月、レバノンはユーロ債の利払いを停止し、中東で初めてのデフォルト国となった。その後、レバノン・ポンドは急落し、非公式レートでは数年で10分の1以下に価値を落とした。輸入物資は入らず、ガソリンやパン、薬が不足した。
電力公社の慢性的な赤字も事態を悪化させた。電気は1日数時間しか供給されず、冷蔵庫や照明を使えない家庭が増えた。人々は夜にキャンドルを灯し、エアコンのない蒸し暑い夏を耐えた。医者や教師が職を辞し、優秀な若者が国外へ流出する「ブレインドレイン」も深刻化している。
さらに2020年8月、ベイルート港で大爆発が発生し、都市の一部が壊滅。経済危機と人道危機が同時に進行した。国民の失望は頂点に達し、抗議デモは繰り返されたが、政治エリートは依然として派閥争いを続け、抜本的な改革は進んでいない。
3. 未来 ― 立ち直れるのか?
レバノン政府は国際通貨基金(IMF)と交渉を続けているが、改革の遅れから支援は遅々として進まない。銀行再編や電力部門の改善、汚職撲滅が条件とされているが、政治の対立が合意を阻んでいる。
それでも希望の光はある。ディアスポラ(海外移住者)からの送金は依然として国民の生命線となっており、家族を支えている。また、農業や中小企業レベルでの自助努力も広がりつつある。パセリやオリーブオイルの生産を続ける農家は、「自分たちの食卓を守る」ために踏ん張っている。
しかし本当の再生には、国全体の統治構造を変える必要がある。もし派閥政治を超え、透明性ある政府が誕生すれば、かつての「中東のスイス」の姿を取り戻すことも夢ではない。
料理と経済を結ぶ視点
タブーレはシンプルだが、素材の鮮度と調和が命だ。パセリがしおれていたり、レモンが足りなかったりすれば、爽やかな味わいは失われる。レバノン経済も同じで、金融工学という「調味料」に頼りすぎ、肝心の素材=実体経済を育てる努力を怠ってきた。
経済の回復には、地道な素材を組み合わせ直し、新鮮なエネルギーを吹き込む必要がある。タブーレがそうであるように、爽やかでバランスの取れた未来を取り戻すことができるのか――それは政治の器量と国民の粘り強さにかかっている。
コラム1:デフォルトとは?
「デフォルト」という言葉を聞くと、多くの人は「国家破産」「国が潰れる」といった強烈なイメージを思い浮かべるでしょう。けれど実際には、もう少し幅広い意味を持っています。定義上は「政府が債務(借金)を契約どおりに返せなくなる状態」のことを指し、必ずしも「国が滅びる」わけではありません。
デフォルトにはいくつかの形があります。ひとつは正式なデフォルトです。国債の利払いも元本返済もできなくなり、「払う意思も払う能力もない」と認定される場合です。アルゼンチンが2001年に宣言したデフォルトは、当時史上最大規模といわれ、世界中に衝撃を与えました。
もうひとつは選択的デフォルトです。すべてではなく、特定の債務だけを返済できなくなるケースです。2020年代のレバノンが代表的で、国内通貨建て債務は支払えても、外貨建てのユーロ債は返せない、といった状態です。
さらに実質デフォルトと呼ばれるものもあります。これは「条件変更」による事実上の不履行です。たとえば返済期限を大幅に延ばしたり、金利を大きく引き下げたりすることです。ギリシャが2012年に行った大規模な債務削減はこの類型にあたり、元本自体を減らされた投資家は大きな損失を被りました。
そして近年登場したのが制裁型デフォルトとも言える事例です。ロシアは2022年、外貨準備も収入も十分にあるにもかかわらず、制裁によってドルやユーロでの決済ができなくなり「デフォルト認定」されました。これは「払えない」ではなく「払わせてもらえない」異例のケースです。
では、デフォルトが起きると何が起きるのでしょうか。最も直接的なのは国民生活への打撃です。政府が返済できないということは、国外からの資金調達が止まり、通貨が急落します。すると輸入品の価格が跳ね上がり、食料や燃料が手に入りにくくなります。銀行の預金封鎖や資本規制が導入されることも珍しくありません。つまり、デフォルトは「国家の財布」だけでなく、「国民の財布」に直撃するのです。
しかし一方で、デフォルトは必ずしも「終わり」ではありません。むしろ「やり直しの始まり」ともいえます。借金の条件を見直し、返せる形に整えることで、長期的に持続可能な経済運営が可能になるからです。家計でたとえるなら、多重債務に陥った家庭が債務整理をして生活を立て直すのに似ています。
「デフォルト=破滅」ではなく「デフォルト=リセット」。この視点を持つことが、世界のニュースを正しく理解する第一歩になります。
コラム2:なぜ国は借金をするのか?
国の借金というと「無駄遣い」「政治家の失策」といったイメージを抱く方も多いでしょう。しかし、そもそも国家の借金は必ずしも悪いものではありません。むしろ、近代国家にとってはごく自然な行為であり、歴史的にも常に行われてきました。問題は「どのような目的で」「どのくらいの規模で」借金をするか、という点にあります。
まず、最も典型的なのはインフラ投資です。道路、港湾、発電所、鉄道――これらは国家が直接整備しなければ成り立ちません。しかし一度に莫大な資金を税収だけで賄うのは難しく、国債を発行して将来世代も負担を分かち合うのが一般的です。これは「未来の成長のための借金」であり、経済全体を押し上げる効果があります。
次に重要なのは教育や医療など人への投資です。義務教育の無償化や医療制度の整備には巨額の支出が必要ですが、これも将来の生産性や国民の健康という形で回収されます。いわば「人材というインフラ」を整える借金です。
また、国が借金を迫られる最大の理由のひとつは戦争や災害への緊急対応です。戦費や復興費用は突発的に膨大な額が必要になるため、平時の税収では到底足りません。日本も関東大震災や第二次世界大戦で国債発行を急増させました。問題は、その後に戦時国債が重荷となり、預金封鎖のような「国内的デフォルト」を招いた点です。
しかし、借金には「良い借金」と「悪い借金」があります。将来の成長や安定につながる投資的な借金は肯定的に評価できますが、短期的な人気取り政策や、特定勢力へのバラマキに使われる借金は持続可能性を損ねます。ギリシャは長年、統計を操作して赤字を隠しながら借金を重ね、結果的に大規模デフォルトに陥りました。アルゼンチンも、補助金や公共料金抑制に巨額の財政赤字を積み上げたことがインフレとデフォルトの原因となりました。
一方で、借金が悪化する大きな要因は外貨建て債務の比率です。国内通貨での借金であれば、自国の中央銀行が最終的に引き受けられますが、外貨建ての場合は返済能力が為替に左右されます。スリランカやガーナのように観光収入や一次産品輸出に頼る国は、外貨収入が途絶えると一気に返済不能に陥ります。
結局のところ、国家の借金は「未来への投資」か「現在のツケ回し」かによって意味が変わります。借金自体は避けられないものですが、その使い道が国の将来を左右するのです。
第7章 ジンバブエ:サッドザとハイパーインフレ
料理レシピ:サッドザ(4人分)
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白トウモロコシ粉…200g
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水…600ml
作り方
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鍋で水を沸かし、粉を少量溶かして糊状にする。
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残りの粉を少しずつ加え、木べらで力強く練る。
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固めの粥状になったら火を弱め、さらに練ってまとめる。
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野菜や肉の煮込みと一緒に手でちぎって食べる。
ジンバブエの家庭で毎日のように食べられている主食サッドザは、素朴で力強い料理だ。トウモロコシの甘みと腹持ちの良さが、飢えに耐える人々を支えてきた。しかし、この国では長い間「お金そのもの」が信じられなくなるほどの混乱が続いてきた。
経済の物語:原因、現状、未来
1. 原因 ― 土地改革と農業崩壊
ジンバブエは独立直後、アフリカの中でも教育水準が高く、農業輸出で順調に成長していた。「アフリカの穀倉」と呼ばれるほど肥沃な土地を持ち、小麦やタバコ、トウモロコシの輸出は外貨を潤沢に生み出していた。
しかし2000年代初頭、ロバート・ムガベ大統領の下で行われた強引な土地改革が、国の運命を変える。白人農場主の農地を強制収用し、政治的支持者に分配した結果、農業生産は壊滅的に落ち込み、輸出収入は激減。食料不足が広がり、政府は収入不足を補うために紙幣を大量に発行し始めた。
2. 現状 ― ハイパーインフレの悪夢
2008年、ジンバブエは世界史に残るハイパーインフレを経験する。物価は年率数億%という異常な水準に達し、100兆ジンバブエドル札まで発行された。パン1斤を買うのにリヤカー一杯の札束が必要になり、人々は給料をもらうとすぐに食料や燃料に替えないと価値が消えてしまう状況に直面した。
国際社会からの制裁や孤立も事態を悪化させた。欧米は人権侵害と汚職を理由に金融支援を停止し、ジンバブエはIMFや世界銀行からの新規融資を受けられなくなった。結果として、国際金融市場から締め出され、債務不履行状態が20年以上続いている。
現在もジンバブエの経済は不安定だ。米ドルや南アフリカ・ランドが流通する「多通貨体制」が続き、ジンバブエドルは信頼を回復できていない。インフレはかつての極端さほどではないものの、物価上昇は慢性的で、電力不足や失業率の高さも国民を苦しめている。
3. 未来 ― 再生への可能性
それでも希望はある。ジンバブエには金、プラチナ、リチウムといった豊富な鉱物資源が眠っている。特に近年はリチウムがEV(電気自動車)産業で注目され、外国資本が鉱山開発に関心を寄せている。もしこの資源を適切に管理できれば、外貨収入の柱を再構築することが可能だ。
また、アフリカ開発銀行(AfDB:アフリカ開発銀行)はジンバブエ政府と協力し、債務再編のためのロードマップを模索している。欧米との関係改善も少しずつ進めば、国際市場への復帰も視野に入る。
しかし課題は大きい。汚職や統治の不透明さ、農業の再建の遅れ、そして国民の不信感。通貨が信頼を失った経験は深く、再び「お金」を安心して使える社会を築くには長い時間が必要だ。
料理と経済を結ぶ視点
サッドザは、水と粉だけの単純な料理だが、根気よく練り上げなければ形にならない。ジンバブエの経済も同じで、資源や農地という材料は揃っていても、それを正しく練り上げなければ国を支える柱にはならない。
リヤカーいっぱいの紙幣でパンを買わねばならなかった時代を超えて、再び安定した通貨と暮らしを取り戻せるか。サッドザを囲んで笑顔を交わせる食卓のような日常を、ジンバブエの人々が再び取り戻す日を願わずにはいられない。
第8章 ウクライナ:ボルシチと戦時下の債務再編
料理レシピ:ウクライナ風ボルシチ(4人分)
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ビーツ…2個(千切り)
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キャベツ…1/4玉(細切り)
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玉ねぎ…1個(みじん切り)
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にんじん…1本(千切り)
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じゃがいも…2個(角切り)
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牛肉…300g(煮込み用)
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トマトペースト…大さじ2
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サワークリーム…適量
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ディル…少々
作り方
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牛肉を水で煮込み、出汁をとる。
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ビーツを炒め、トマトペーストで色と香りを引き出す。
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じゃがいも・にんじん・玉ねぎ・キャベツを加え、柔らかくなるまで煮込む。
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サワークリームを添え、ディルを散らして完成。
真っ赤に染まったスープの湯気が立ちのぼり、ディルの爽やかな香りが漂う。ボルシチはウクライナの家庭の味であり、戦時下でも人々が食卓に集まり心をつなぐ象徴だ。しかし、この国の経済は今、戦争という未曾有の試練にさらされている。
経済の物語:原因、現状、未来
1. 原因 ― 独立後の苦闘と慢性的な債務問題
ウクライナは1991年にソ連から独立した。当初から農業大国としての潜在力を持ち、「ヨーロッパの穀倉」と呼ばれてきたが、ソ連式の非効率な産業構造と汚職体質が重荷となった。
2000年代以降、度重なる政変と東西間の板挟みによって経済政策は安定せず、債務は積み重なった。2015年にはすでに一度デフォルトし、国債の大幅な減額を行っている。つまり、ウクライナは戦争前から「慢性的な財政脆弱国」だったのだ。
2. 現状 ― 戦争が奪った歳入と信頼
2022年2月、ロシアの全面侵攻が始まると、ウクライナ経済は一変した。国土の一部が戦場となり、インフラは破壊され、数百万人が国外に避難した。農業輸出は港湾封鎖で滞り、鉄鋼業も大打撃を受けた。歳入は激減した一方で、軍事費は天井知らずに膨らむ。
国際金融市場からの調達は不可能となり、債務返済は不可能に。2022年には公的債権者が2年間の支払い停止を認めるモラトリアムを導入し、2024年には民間債権者との間で約205億ドルの債務再編が合意された。
それでも国民生活の苦しみは続く。電力不足が冬を直撃し、暖房のない家で毛布に包まる家族。インフレで食料品価格が跳ね上がり、ボルシチに欠かせないビーツすら高嶺の花になる。ウクライナ通貨フリヴニャは国際的支援で維持されているが、人々の財布の中身は日に日に薄くなっている。
3. 未来 ― 再建と欧州統合への道
それでもウクライナには大きな希望がある。EU加盟候補国として承認され、欧州との統合に向けた改革が進んでいる。汚職対策や司法改革は難題だが、戦後復興資金と合わせれば、新しい経済基盤を築ける可能性がある。
農業の強みは依然として健在であり、戦争が終われば世界的な食料供給国としての地位を回復できるだろう。IT人材も豊富で、戦時下でもリモートワークで外貨を稼ぐ若者がいる。彼らは「戦争が終われば必ず祖国を立て直す」という強い意志を持っている。
ただし、戦争の長期化は最大のリスクだ。破壊された都市やインフラの復興には数千億ドル規模の資金が必要であり、債務の山にさらに積み増しされる可能性もある。IMFや欧米諸国の支援が続くかどうかが、未来を左右する。
料理と経済を結ぶ視点
ボルシチは時間をかけて具材を煮込み、酸味と甘みを調和させる料理だ。だが、もし途中で火を止めれば、生煮えの野菜が残り、味はまとまらない。ウクライナ経済も同じで、改革や支援が中途半端で終われば、再建は叶わない。
赤く燃えるスープの色は、今は血と苦難を思わせるかもしれない。しかし、いつか再び「家族の温もり」の象徴として、ボルシチが食卓を彩る日が来るだろう。その時こそ、ウクライナ経済の再生も完成するに違いない。
第9章 エチオピア:インジェラと内戦・干ばつ
料理レシピ:インジェラ(4人分)
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テフ粉…300g
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水…400ml
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塩…少々
作り方
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テフ粉を水で溶き、2日ほど発酵させる。
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発酵した生地を薄くフライパンに流し入れる。
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表面に気泡が立ち、乾いたら完成。
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シチュー(ワット)を盛り付け、ちぎりながら食べる。
エチオピアの食卓に欠かせないインジェラは、独特の酸味とふわりとした食感を持つ発酵パンだ。大皿いっぱいに広げられたインジェラを家族や仲間と手でちぎって分け合う姿は、連帯と共生の象徴でもある。しかし、その団らんを脅かすものが、近年のエチオピアを覆ってきた。
テフは、主にエチオピアで栽培され主食とされている、イネ科スズメガヤ属の穀物です。 その歴史はとても古く5000年以上も前から利用されてきました。 テフは、エチオピア周辺以外では、認知されていない穀物でしたが、栄養化が高いため、スーパーフードとして、注目されるようになりました。
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経済の物語:原因、現状、未来
1. 原因 ― 内戦と気候変動が重なった国
エチオピアはアフリカで最も人口の多い国のひとつで、長年「アフリカの希望」と呼ばれてきた。2010年代には年率二桁の経済成長を遂げ、インフラ整備や工業団地開発が進み、「アフリカの工場」となる未来が期待されていた。
しかし2020年、北部ティグライ州で政府軍とティグライ人民解放戦線(TPLF)の武力衝突が勃発し、内戦状態に陥る。戦闘は全国に広がり、数百万人が避難を余儀なくされた。生産活動は停止し、物流は寸断され、農地は荒廃。エチオピアの成長神話は一瞬で崩れ去った。
さらに干ばつが追い打ちをかけた。気候変動の影響で雨季が短くなり、作物が育たない。国連はエチオピアで数百万人が飢餓に直面していると警告した。こうした中で外貨収入は激減し、債務返済は困難になっていった。
2. 現状 ― デフォルト寸前の瀬戸際
2021年、エチオピアはG20の「共通枠組み」を通じて債務再編を要請した。これは、事実上デフォルトの危機に瀕していることを意味する。中国やパリクラブ諸国が協議に加わり、返済猶予や条件変更の交渉が始まった。
国内ではインフレが進行し、食料価格は数倍に跳ね上がった。都市部ではパンの配給に長い列ができ、農村では干ばつにより飢えに苦しむ人々が増えている。電力不足や燃料高騰も生活を直撃し、人々の暮らしはかつてないほど厳しい。
それでも、国際機関や隣国からの支援によって最悪の事態は避けられている。和平合意が2022年に結ばれたことで、戦闘は一応の終息を見せたが、破壊されたインフラや経済基盤を取り戻すには時間がかかる。
3. 未来 ― アフリカの希望を取り戻せるか
エチオピアの未来には光と影が交錯している。人口は1億人を超え、若い労働力は豊富だ。もし政治的安定が確保されれば、農業の近代化や製造業の育成で再び成長軌道に戻る可能性は高い。特に中国や湾岸諸国からの投資が再開すれば、「アフリカの工場」としての夢も再び描ける。
しかし、課題は山積している。内戦による民族間の不信感は根強く、和平が脆弱な均衡に過ぎない可能性もある。さらに、干ばつや洪水といった気候変動の影響は避けられず、食料安全保障は常に脅かされる。IMFの支援や債務再編は一時的な猶予に過ぎず、根本的な改革がなければ再び危機に陥るだろう。
料理と経済を結ぶ視点
インジェラは単独では食べられない。シチューや野菜と組み合わせて初めて満足のいく一皿となる。エチオピア経済も同じだ。人口という素材は豊富だが、それを活かす「おかず」が欠ければ国民を養うことはできない。
戦争と干ばつという二重の苦境を乗り越え、再び家族や仲間とインジェラを囲める日が来るのか。酸味のあるパンのように、苦い経験を経てこそ生まれる強さが、この国を未来へ導くのかもしれない。
コラム3:デフォルトの主な原因パターン
外貨不足型:スリランカ・ガーナ・レバノン。
資源依存型:ベネズエラ(石油)、ザンビア(銅)。
政治・戦争リスク型:ウクライナ、エチオピア、ジンバブエ。
財政規律欠如型:ギリシャ、アルゼンチン。
同じ「デフォルト」でも背景は国ごとに異なります。
国家がデフォルトに陥る理由は一つではありません。ある国は外貨不足で、別の国は政治の混乱で、また別の国は資源依存からです。けれど整理してみると、いくつかの典型的なパターンに分類できます。ここでは代表的な四つを紹介します。
1. 外貨不足型
スリランカやガーナ、レバノンが典型例です。これらの国々は輸入に必要な外貨を観光収入や一次産品の輸出で稼いでいました。ところが、コロナ禍で観光客が途絶えたり、商品価格が下落したりすると、外貨が一気に枯渇。国債の返済どころか、燃料や食料の輸入すらできなくなります。スリランカでは2022年、ガソリンスタンドに数キロの行列ができ、医薬品が不足しました。デフォルトは突然の出来事ではなく、外貨収入の細りからじわじわと始まっていたのです。
2. 資源依存型
「資源の呪い」とも呼ばれるパターンです。ベネズエラは石油、ザンビアは銅に過度に依存してきました。資源価格が高騰している間は潤沢な収入があり、借金をしても返せるように見えます。しかし価格が下落すると一気に財政が悪化し、返済不能に陥ります。さらに資源収入が大きいと、政府は税制改革や産業育成を怠りやすく、経済の脆弱性が増します。豊かさが逆に「麻薬」となり、危機を招くのです。
3. 政治・戦争リスク型
ウクライナ、エチオピア、ジンバブエなどが当てはまります。ウクライナは戦争で歳入が激減し、支出は軍事費で膨張しました。エチオピアは内戦と干ばつで投資が逃げ、農業収入も落ち込みました。ジンバブエは土地改革による農業崩壊と制裁で国際市場から孤立しました。政治の混乱や武力衝突は、経済基盤を根こそぎ壊し、返済能力を奪ってしまうのです。
4. 財政規律欠如型
ギリシャやアルゼンチンのように、慢性的な赤字とインフレを繰り返す国もあります。ギリシャは統計を操作して実際の赤字を隠し、ユーロ加盟後に借入を膨らませました。アルゼンチンはインフレ対策を怠り、中央銀行に赤字補填をさせ続け、通貨ペソを信用できないものにしてしまいました。財政規律の欠如は、見えない形で徐々に信用を蝕み、ある日突然「借り換え不能」という形で噴出します。
こうしてみると、デフォルトは単なる「お金が足りない」という現象ではなく、経済の構造的な弱点が露呈する瞬間です。外貨、資源、政治、財政――それぞれの弱点をどう補強するかが、国の持続性を決めます。
読者である私たちの生活に置き換えるなら、「収入の柱が一つしかない」「生活費をカードローンで賄い続ける」「家庭内が不和で協力できない」など、家計崩壊の原因と似ています。国家のデフォルトは、私たちの家計にたとえるとぐっと理解しやすくなるでしょう。
コラム4:債務再編とは?
借金を「返せる形」に作り直すこと。主な方法は:
ヘアカット(元本削減)
利率引き下げ
満期延長
GDP連動債(経済成長に応じて返済)
ギリシャ2012年は史上最大規模のヘアカット。アルゼンチンは何度も再編を繰り返し、信用回復が遅れています。
デフォルトに陥った国が、そのまま借金を放置するわけにはいきません。国際市場から資金調達ができなくなり、輸入も止まってしまうからです。そこで登場するのが「債務再編」という仕組みです。これは一言でいえば、借金を「返せる形」に作り直すプロセスです。
再編の方法
再編にはいくつかの代表的な手段があります。
ヘアカット(元本削減)
債権者が持つ国債の額面を減らすことです。たとえば100ドルの国債が60ドルに減額される。投資家にとっては損失ですが、国にとっては負担軽減になります。ギリシャの2012年再編では、民間債権者が保有する国債の約半分が削減されました。利率引き下げ
支払う利子を下げてもらう方法です。高金利の国債を低金利に変更すれば、年間の返済負担が減ります。アルゼンチンの再編でも、利率引き下げが繰り返し行われました。満期延長
返済の期限を延ばす方法です。本来5年で返すはずだったものを10年にすれば、当面の資金繰りが楽になります。スリランカやエチオピアの交渉でも、この手法が使われています。GDP連動債
経済が成長したときにだけ追加返済を行う仕組みです。景気が悪いときは返済負担を軽く、景気が良いときは多めに返す。アルゼンチンやウクライナで導入されました。
債務再編の難しさ
債務再編は単純な「借金帳消し」ではなく、複雑な交渉の産物です。なぜなら、債権者には多様な立場があるからです。公的な援助を行う国や国際機関(パリクラブ、中国、IMFなど)、そして世界中の投資家が保有するユーロ債。利害が衝突し、交渉は長期化します。
ザンビアは2020年にデフォルトしましたが、公的債権者と民間投資家の調整に数年を要しました。中国が最大債権国であることも、従来のパリクラブ中心の仕組みを難しくしました。
家計にたとえると
家庭でいえば、収入に対して住宅ローンや借金が重すぎて返せなくなったとき、銀行に「返済条件を見直してほしい」と頼むのが債務再編に当たります。利息を下げてもらったり、返済期間を延ばしてもらったりするわけです。ただし、銀行側も「どのくらいなら返せるのか」を厳しく見極めます。国家の交渉もまったく同じです。
まとめ
債務再編は「国が生き延びるためのリセットボタン」です。しかし同時に、信用を失った国が再び市場に戻るには長い年月が必要です。ギリシャは10年以上を経てようやく投資適格に戻り、アルゼンチンは再編を繰り返してもなお信用を取り戻せていません。
つまり債務再編は「ゴール」ではなく「新しいスタート地点」。デフォルトした国が立ち直るかどうかは、このプロセスをどう乗り越えるかにかかっているのです。
第10章 ロシア:ビーフストロガノフと制裁下のデフォルト
料理レシピ:ビーフストロガノフ(4人分)
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牛薄切り肉…400g
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玉ねぎ…1個(薄切り)
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マッシュルーム…150g(スライス)
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サワークリーム…200ml
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バター…30g
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小麦粉…大さじ1
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ビーフブイヨン…200ml
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塩・胡椒…少々
作り方
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牛肉を軽く炒めて取り出す。
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玉ねぎとマッシュルームを炒め、小麦粉を加える。
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ブイヨンを注ぎ、とろみをつける。
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牛肉を戻し、サワークリームを加えて軽く煮込む。
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塩・胡椒で調え、パセリを散らして完成。
濃厚でクリーミーなソースに包まれたビーフストロガノフは、19世紀のロシア貴族の食卓から世界に広まった料理だ。その華やかさとは裏腹に、現代のロシア経済は国際制裁という重圧の下で揺らいでいる。
経済の物語:原因、現状、未来
1. 原因 ― 制裁による“強制的デフォルト”
ロシアはエネルギー資源大国であり、石油と天然ガスの輸出が国家収入の柱だ。2021年までは巨額の外貨準備を抱え、「デフォルトから最も遠い国」とさえ言われていた。
だが2022年2月、ウクライナ侵攻によって状況は一変する。米欧はロシアに対して前例のない経済制裁を発動し、外貨準備の凍結、銀行の国際決済網(SWIFT)からの排除を行った。その結果、ロシア政府はドルやユーロ建て国債の返済資金を持っていても「送金できない」状態となり、2022年6月には100年ぶりの対外債務デフォルトと認定された。
これは通常の「返せないデフォルト」とは異なり、「払えるが払わせてもらえない」という制裁型デフォルトだった。
2. 現状 ― 分断経済と国民生活
デフォルト後も、ロシアは国内的には比較的安定を保っている。石油や天然ガスの輸出先を欧州からインドや中国へシフトさせ、短期的には収入を維持した。ルーブルは一時暴落したが、資本規制とエネルギー収入で持ち直した。
しかし、その裏では国民生活がじわじわと締め付けられている。輸入制限によって外国製の自動車や家電が手に入らなくなり、代替品の価格は高騰した。西側企業が撤退したことで、雇用も失われた。医薬品の不足も深刻で、特に先端医療に必要な薬は入手困難になっている。
さらに技術面での「断絶」が大きい。航空機の部品供給が途絶え、IT産業や研究開発の分野では人材流出が加速した。これらはすぐには目に見えないが、長期的には国力を蝕む要因となる。
3. 未来 ― 孤立か再統合か
ロシア経済の未来は、戦争の行方と国際社会との関係次第だ。制裁が続けば、エネルギー輸出に依存する体質は変わらず、次第に収入源は細る。特に欧州の脱ロシア依存が進めば、ロシアの影響力は縮小していく。
一方で、資源と人口を抱えるロシアには依然として大きな潜在力がある。中国やインド、中東諸国との新しい経済圏を築く「脱西側」の路線を取れば、別の形での安定を模索できるかもしれない。ただしそれは、かつてのような豊かさではなく「閉ざされた自立経済」に近い姿となるだろう。
国民にとっての課題は「持続的な生活の質」だ。エネルギー収入で最低限の安定は維持できても、先端技術や国際的な交流がなければ成長は望めない。ロシアが再び世界市場に復帰するには、戦争終結と政治的和解が不可欠だ。
料理と経済を結ぶ視点
ビーフストロガノフは、牛肉、玉ねぎ、きのこ、サワークリームという異なる要素が調和して生まれる料理だ。だが、もし主要な食材が欠ければ、バランスは崩れる。ロシア経済も同じで、エネルギーだけに依存して他の要素を欠いたとき、真の豊かさは失われる。
華やかな料理の影で苦境に立つ経済。ロシアの食卓に再び多様な食材と笑顔が戻るのは、孤立の鎖を解き、国際社会との調和を取り戻したときなのかもしれない。
第11章 ベネズエラ:パベリョン・クリオージョと石油の呪い
料理レシピ:パベリョン・クリオージョ(4人分)
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牛肉(肩肉)…400g(繊維に沿ってほぐす)
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黒豆…200g(茹でる)
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米…2合
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プランテン(バナナの一種)…2本(揚げる)
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玉ねぎ…1個、パプリカ…1個(みじん切り)
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にんにく…2片(みじん切り)
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トマトペースト…大さじ2
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油・塩…適量
作り方
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牛肉を煮込んで裂き、玉ねぎ・パプリカ・にんにくと炒め、トマトペーストで味を調える。
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黒豆を塩と油で煮込み、柔らかく仕上げる。
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米を炊き、揚げたプランテンを添える。
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肉・豆・米・プランテンを一皿に盛り付ける。
色鮮やかな四つの要素が並ぶパベリョン・クリオージョは「多様性の調和」を象徴する料理だ。しかし、現代のベネズエラ経済は多様性を欠き、「石油の呪い」によって混乱と苦難に陥ってきた。
経済の物語:原因、現状、未来
1. 原因 ― 石油に依存しすぎた国
ベネズエラは世界有数の原油埋蔵量を誇り、20世紀後半から「石油国家」として豊かさを謳歌した。だがその繁栄は石油価格に過度に依存していた。1970年代のオイルショックで潤った財政は、80年代に価格が下落するとたちまち赤字に転落。
1999年にチャベス大統領が就任すると、「ボリバル革命」と称して石油収入を背景に福祉や補助金を拡大した。教育や医療は一時的に改善し、貧困層の支持を得たが、その裏で経済の多角化は進まなかった。農業や製造業は衰退し、石油以外の外貨収入はほとんど消えた。
さらにチャベス政権はキューバなど友好国への支援を続け、国内の財政に負担をかけた。石油価格が高い時は成り立ったが、2014年に価格が急落すると、経済は急速に崩壊していった。
2. 現状 ― ハイパーインフレと社会の崩壊
2017年以降、ベネズエラは事実上のデフォルト状態に陥った。外貨建て債務の返済が不可能となり、国際金融市場から締め出された。通貨ボリバルは紙くず同然となり、ハイパーインフレが進行。2018年にはインフレ率が100万%を超え、国民はスーパーに行っても棚が空っぽで、現金を袋に詰めてもパンすら買えない状況に追い込まれた。
電力不足や水道の停止も相次ぎ、医薬品は入手困難に。病院は機能不全となり、多くの人が命を落とした。犯罪も急増し、社会秩序は崩壊した。推定700万人以上が国外に移住し、南米最大の難民危機とも呼ばれる事態となった。
それでも政府は補助金政策をやめず、石油公社PDVSAは腐敗と管理不全で生産量が激減。かつて日量300万バレルを誇った生産は、2020年には50万バレル以下に落ち込んだ。
3. 未来 ― 石油を超えられるか
近年、石油価格の回復と米国との関係改善の兆しにより、ベネズエラ経済はわずかながら持ち直している。2023年には石油輸出が再び増加し、インフレも数百%台に落ち着いた。国際通貨基金(IMF)は依然として支援を行っていないが、中国やロシア、トルコなどが一定の経済協力を続けている。
しかし根本的な課題は変わらない。第一に、石油依存の構造を脱却できるか。農業や製造業を再建し、多角的な経済を作らねばならない。第二に、汚職と統治不全の改善。第三に、国外に流出した人材と国民を呼び戻すことだ。
希望は残されている。豊富な資源と教育水準の高い国民は再生の基盤になり得る。もし透明性ある政治が実現すれば、南米の中心的経済国に戻る潜在力は十分にある。
料理と経済を結ぶ視点
パベリョン・クリオージョは肉・豆・米・プランテンという多様な素材の組み合わせで成り立つ。だがベネズエラ経済は石油という一つの食材に頼りすぎ、その調和を失った。
一皿の料理が示すように、豊かさとは多様性の調和にある。ベネズエラが再び安定した食卓を取り戻すには、「石油の呪い」を超えて、新しい食材=産業を加えることが不可欠なのだ。
第12章 日本(1946年):肉じゃがと預金封鎖
料理レシピ:肉じゃが(4人分)
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牛薄切り肉…300g
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じゃがいも…4個(一口大に切る)
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玉ねぎ…2個(くし切り)
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にんじん…1本(乱切り)
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しらたき…200g(下ゆで)
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だし汁…400ml
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醤油…大さじ4
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砂糖…大さじ3
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みりん…大さじ2
作り方
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鍋で肉と玉ねぎを炒め、だし汁を加える。
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じゃがいも・にんじん・しらたきを加える。
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醤油・砂糖・みりんで味付けし、落とし蓋をして煮る。
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具材が柔らかくなり、味が染み込めば完成。
ほくほくのじゃがいもに甘辛い出汁が染み込み、湯気とともに立ちのぼる香りは、日本の家庭の原風景そのものだ。だが、終戦直後の日本では、この温かな食卓を囲む余裕さえ奪われていた。
経済の物語:原因、現状、未来
1. 原因 ― 戦費とインフレの爆発
1945年8月、日本は敗戦を迎えた。焼け野原となった都市、崩壊した産業、復員兵と引揚者が溢れる社会。戦争に要した膨大な戦費は国債で賄われ、終戦時の発行残高は国民所得の数倍に達していた。
政府は戦後も赤字国債を乱発し、日銀は紙幣を大量に発行。結果、ハイパーインフレが進行し、物価は日に日に跳ね上がった。人々は給料を受け取るとすぐに市場へ走り、米や芋を買い込まなければ翌日には価値が消えてしまう。
このままでは経済が完全に崩壊すると判断した政府は、1946年2月、突然「預金封鎖」と「新円切替」を発表。国民の預金を強制的に引き出せなくし、同時に新しい紙幣を配布することで、旧円を無効化した。事実上の「国内的デフォルト」であった。
2. 現状 ― 封鎖がもたらした混乱と痛み
預金封鎖は、国民に大きな衝撃を与えた。家族の学費や結婚資金のために貯めていた預金も、事実上使えなくなった。
――私自身の祖父も、その一人だった。大学進学を夢見ていた子ども(私の母の兄)の学資が封鎖により失われ、進学の道を諦めざるを得なかった。家族にとっては経済政策が生活の夢を直撃する現実だったのである。
国民の怒りと失望は大きかったが、同時にこの措置なしには経済は崩壊していたかもしれない。政府は併せて物価統制を強化し、後に「ドッジ・ライン」と呼ばれる緊縮政策で財政均衡を進めた。国民にとっては耐乏生活の連続だったが、その犠牲の上でようやく通貨と財政は安定を取り戻した。
3. 未来 ― 高度経済成長への道
預金封鎖は国民生活に深刻な打撃を与えたが、それは同時に「戦時国債の後始末」をつけ、財政再建の出発点となった。1950年代に入ると朝鮮戦争特需が到来し、日本経済は急速に復興。1960年代には「高度経済成長」と呼ばれる奇跡的な時代を迎えた。
だが、預金封鎖の記憶は消えない。突然の政策が人々の生活を一変させる怖さは、今も家族の物語として語り継がれている。
料理と経済を結ぶ視点
肉じゃがは、戦後の貧しい時代にも「少ない材料で心を満たす」料理として食卓に並んだ。ほくほくとしたじゃがいもに甘辛い味が染み込むように、国民の苦難もやがて経済成長という「出汁」に吸い込まれていったのかもしれない。
だが同時に、預金封鎖で失われた夢や機会は、二度と戻らない。だからこそ私たちは「経済政策は生活に直結する」という事実を忘れてはならない。
肉じゃがの湯気の向こうに見えるのは、家庭の温かさと同時に、国家の苦い記憶である。日本が再び同じ轍を踏まぬよう、この料理を囲みながら経済の物語を語り継ぐことが、私たちにできる小さな責任なのだ。
コラム5:G20共通枠組みとは?
2020年、コロナ禍で債務危機が広がったためG20が創設。
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低所得国がIMFプログラムに参加
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公的債権者が協調して返済条件を緩和
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民間債権者も同等の負担を求められる
ザンビア・ガーナ・エチオピアが適用対象です。
2020年、新型コロナの世界的流行は医療だけでなく経済にも深刻な打撃を与えました。特に低所得国は観光収入や輸出が途絶え、同時にマスクやワクチンの調達で外貨を大量に必要としました。その結果、債務危機が一気に広がりました。こうした状況を受け、G20諸国は「共通枠組み(Common Framework)」という仕組みを導入しました。
仕組みの概要
共通枠組みは、低所得国の債務再編を透明性と公平性の下で進めることを目的にしています。
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対象国:国際通貨基金(IMF)や世界銀行が「債務持続性がない」と判断した国。
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前提条件:IMFプログラムに参加し、経済改革を約束する。
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手順:公的債権者(パリクラブ諸国や中国など)が協調して債務条件を緩和し、その後、民間投資家にも同等の負担を求める。
従来の再編はパリクラブ(欧米先進国中心)で進められてきましたが、現在は中国が最大の貸し手になっているため、G20全体が関与する仕組みが不可欠となりました。
実際の適用例
共通枠組みの適用第1号はザンビアでした。2020年にデフォルトした同国は、中国を含む公的債権者と2023年に合意。返済期限の延長と利払いの削減が行われました。続いてガーナ、そして2023年にはエチオピアも交渉に参加しています。
ただし、プロセスはスムーズとは言えません。中国と欧米の立場の違い、民間債権者の抵抗、政治的対立が交渉を長期化させています。ザンビアは最終的な合意に至るまでに3年以上を要しました。
メリットと課題
共通枠組みのメリットは、全ての債権者が同じ土俵に立つことです。これまで一部の債権者だけが負担を免れる「抜け駆け問題」がありましたが、それを防ぐ仕組みになっています。
一方の課題は、意思決定の遅さです。債務危機は時間が経つほど悪化するのに、合意形成に数年を要するのは致命的です。さらに、民間投資家が「自分たちは参加したくない」と拒否すれば、再編が不完全に終わる可能性もあります。
家計にたとえると
これは、親戚や知人から複数の借金をしている家庭が「返せません」と宣言し、みんなに一斉に条件変更をお願いするようなものです。「あの人だけ多く返してもらった」などの不公平をなくすのが狙いです。ただし親戚同士が意見を合わせるのに時間がかかり、家計の立て直しが遅れることもあります。
まとめ
G20共通枠組みは、21世紀における新しい債務再編の枠組みとして重要な意味を持っています。とくに中国の存在感を取り込み、より現実に即した仕組みになった点は画期的です。しかし、スピードと実効性の面ではまだ不十分です。
今後、この枠組みが機能するかどうかは、「どれだけ早く、公平に、そして確実に」債務再編を進められるかにかかっています。
コラム6:デフォルトは必ず悪いこと?
短期的には通貨下落・物価高騰・資本流出を招きます。
しかし「返せない借金」を抱え続けるよりは、条件を作り直して再出発した方が持続的。
ギリシャやアルゼンチンも再編後に投資家の信頼を徐々に回復しています。
「国がデフォルトした」と聞くと、多くの人は「破滅」「国家崩壊」というイメージを抱きます。確かに短期的に見れば、デフォルトは国民生活に大きな打撃を与えます。しかし、歴史を振り返るとデフォルトは必ずしも“終わり”ではなく、“再スタート”の契機にもなっていることがわかります。
デフォルトがもたらす打撃
まず事実として、デフォルトは深刻な混乱を招きます。
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通貨の暴落
投資家が資金を引き上げ、通貨は急落します。輸入品の価格が跳ね上がり、燃料や食料が不足します。スリランカではガソリンスタンドに長蛇の列ができ、レバノンでは電力が1日数時間しか供給されない状況に陥りました。 -
物価高騰と生活困難
通貨安と輸入制限が重なり、インフレは一気に加速します。ベネズエラではパンひとつが給料数日分に相当する時期がありました。 -
資本逃避と信用喪失
外国からの投資は止まり、国内の富裕層も資金を国外に移します。銀行の預金封鎖や資本規制が導入され、国民の不安はさらに増します。
デフォルトの「裏の顔」
一方で、デフォルトは「膨れあがった借金を整理するためのリセット」でもあります。
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債務再編の契機
ギリシャは2012年に史上最大規模の債務削減を実施し、それをきっかけに財政改革を進めました。 -
政策転換のきっかけ
日本は1946年、預金封鎖を通じて戦時国債を事実上無効化し、新たな財政基盤を築きました。その後、ドッジ・ラインによる緊縮政策と朝鮮戦争特需を経て、高度経済成長への道を歩み始めました。 -
交渉力の回復
アルゼンチンは2001年のデフォルト後、国際金融市場からは一時的に孤立しましたが、国内資源を背景に新しい成長路線を模索しました。
つまり、デフォルトは「借金を踏み倒すこと」ではなく、「返済条件を現実的な水準に整えること」と言えます。
家計にたとえると
家庭の家計に置き換えるとわかりやすいでしょう。住宅ローンやカードローンが重なり、返済が月収を超えてしまったら、そのまま払い続けることは不可能です。そこで債務整理や借金の減額交渉を行うのが現実的な選択です。確かに信用情報には傷がつきますが、生活を立て直すチャンスにもなります。国家のデフォルトもこれと同じです。
まとめ
デフォルトは国民に苦痛をもたらす「危機」であると同時に、長期的には「再生のための出発点」にもなり得ます。大切なのは、危機の痛みを無駄にせず、改革や構造転換につなげられるかどうかです。
「デフォルト=終わり」ではなく「デフォルト=やり直し」。この視点を持つことが、ニュースを恐怖ではなく冷静に理解するための鍵となるのです。
コラム7:食卓から学ぶ世界経済
料理と経済は似ています。
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ムサカの層のように「隠された赤字」は崩れる。
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ボルシチの具材のように「多様性」が危機に強い。
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サッドザのような「シンプルな柱」が国家を支える。
経済と料理、一見まったく関係のない分野のように思えるかもしれません。しかし、本書で紹介したように、国のデフォルトと食卓には意外な共通点があります。料理の一皿を見つめることが、複雑な世界経済を理解するためのヒントになるのです。
層が隠すもの ― ムサカと赤字の隠蔽
ギリシャのムサカは、ナス、じゃがいも、ひき肉、ホワイトソースを何層にも重ねて焼き上げます。見た目は美しくまとまっていますが、中身を一枚めくるごとに別の要素が現れます。これは、長年統計を操作して赤字を隠していたギリシャの財政と似ています。表面は整っていても、中身の層を丁寧に見なければ実態はわかりません。
多様性の力 ― ボルシチと経済基盤
ウクライナのボルシチは、ビーツ、キャベツ、にんじん、じゃがいも、肉など多様な具材が合わさって成り立っています。どれか一つが欠けても味のバランスが崩れます。経済も同じで、多様な産業基盤を持つ国は危機に強い。逆にベネズエラのように石油だけに依存すれば、価格下落ひとつで国家が揺らぎます。
基本の柱 ― サッドザと生活の支え
ジンバブエの主食サッドザは、シンプルなトウモロコシ粉と水だけで作られます。どんなおかずとも合い、国民の食生活を支える「柱」です。経済にとっての「柱」は安定した税収や基礎的な産業です。これを失うと、どんなに豪華なおかず(高級産業)があっても国全体は持続できません。
家庭と国の共通点
家庭の食卓がその家族の暮らしぶりを映し出すように、国の食卓もまた、その国の経済状況を映します。米やパンが高騰すれば食卓は質素になり、燃料不足で調理すらままならないこともある。レバノンやスリランカの人々が停電や物資不足に直面している現実は、まさにその象徴です。
まとめ
料理は文化の象徴であり、経済の影響を最も身近に受ける領域です。デフォルトを「金融ニュース」としてではなく、「食卓を揺るがす出来事」と捉え直すことで、経済はぐっと身近になります。
つまり、食卓から世界経済を学ぶことは決して比喩ではありません。食べることと暮らすこと、その延長線上に国の経済があるのです。
結び
デフォルトは単なる金融の失敗ではなく、国民生活を揺るがす現象です。
本書で紹介した12の事例と1946年の日本の経験は、「国家の借金」と「家庭の生活」が切り離せないことを示しています。
ギリシャの赤字隠し、アルゼンチンのインフレ、スリランカの観光収入喪失、ジンバブエのハイパーインフレ、ロシアの制裁型デフォルト、そして日本の預金封鎖。
どの国にも「台所」と「暮らし」に直接響いた瞬間がありました。
世界の料理を味わいながら経済を考える。
食卓に並ぶ一皿から、遠い国の経済危機も、自分自身の未来も見えてきます。
この本が、読者にとって「世界と自分をつなぐ視点」を広げる一助となれば幸いです。

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